2月10日「小説日蓮」大仏次郎著 光風社出版(昭和56年8月5日発行)を読んで

約30年前の本で、一ページが二段組みで小さな活字がびっしり詰まっている。日蓮が鎌倉で「法華経」を魂の歌として念仏、禅、真言、律を痛烈に批判し、あらゆる迫害をはねのけて法華経の功徳を説き続ける姿に圧倒される。鎌倉幕府執権に「立正安国論」を提示するなど大胆な行動や、伊豆に流されても佐渡に流されても「法華経を守って自分は日本の柱となろう、眼目となろう、大船となろうと誓う」、赦されて鎌倉に帰り将軍から、日蓮の法門がご允許(いんきょ)になっても満足せず、身延の山に「法華経の道場」を建て、自らが先達となって、法華経の行者の生活に徹した。 すごい本だ・・・。

第12期自治政策特別講座「自治体財政、予算・決算のポイント…地域自立への議会審議」

2月1日(月)、2日(火)東京都墨田区の国際ファッションビル3fで開催された、第12期自治政策特別講座「自治体財政、予算・決算のポイントー地域自立への議会審議」(主催:自治体議会政策学会)に参加しました。

2月1日10:00から竹下 譲(自治体議会政策学会会長)の挨拶で始まり、第1講義「自治・分権と公共サービスの再編」今村都南雄(中央大学教授)、第2講義「2010年度予算審議と自治体財政ー予算の読み方考え方」星野 泉(明治大学教授)、第3講義「地方格差と財政保障ー自治体財政の安定」青木宗明(神奈川大学教授)17:10終了。2月2日10:00から、第4講義「説得から納得の政策形成ー図解コミュニケーションで行政改革」久垣啓一(多摩大学教授)、第5講義「地方債の動向と自治体財政ー世界経済と自治体」稲生信男(東洋大学教授)の話を聞き(15:00終了) 特別講座の「修了証書」をもらった。

教育者、東井義雄先生のお話 (4)

—私たちは御仏から頼まれて、新しい魂を育てさせていただいているのです。だから、あだやおろそかな対応はできません。
努力して、子どもの魂に向き合うことをしなかったら、生き生きとした魂は育ちません。ちょっとの時間を工夫して、魂に向き合う
ことが大切なのです。それが子育てを託された親の務めではないのでしょうか。 東井先生は、保護者の心構えを教え、諭そうとす
るのではなく、同じ親の立場から気を付けるべき点を語るから、聞いている父兄も反発心を感じることなく「ああそうだなあ、そう
いう点に気を付けなくちゃあ」という気になる。その姿勢は後進の教師たちに対しても同じだった。
「教育とは教育技術のことではありません。いかに生きるべきか、この人生をどうまとめ上げるかと四苦八苦し、闘っている先生の
真剣な姿勢が言外に子どもたちに伝わり、子どもたちに、学ぶ姿勢でき上がるのです。だから教育とは第一義的には、自分自身の求
道の問題だと心すべきです」 東井先生が校長として受け持った小学校は、授業時間は全体がシーンと静まり返り、どの教室にも清
れつな空気がただよっていたという。東井先生の評価はますます高くなっていって、ペスタロッチ賞、平和文化賞、教育功労賞、正
力松太郎賞などが贈られた。すごい先生ですね!私はこの本を読んで本当に魂をゆさぶられる思いがしました。  終わり

教育者、東井義雄先生のお話 (3)

ーこんな素晴らしいお母さんの心に出会ったら、誰だってうれしくなって、さみしさも吹き飛んでしまいます。 女の子が庭でひとり遊んでいる情景が浮かんできます。 でもこの子は独りではなっかたのです。お母さんと一緒に「一本踏み」をして遊んでいたのです。東井先生は、さらにこう付け加えました。 「百千の灯あらんも、我を待つ灯は一つ」という言葉を思いだします。巷には、子どもを誘い込もうとする色とりどりの灯が競いあっています。しかし、この子のお母さんのような人が家庭にいてくださり、心の灯をかかげて下さるなら、灯を間違える子どもは一人もないでしょう。子どもにとって、お母さんが他のどんな人とも違うところはどこでしょうか?世界60億の全ての人が「あの子はだめだ」と見放し、見捨ててしまっても、見放すことも、見捨てることも出来ない最後の人、それがお母さんという人ではないでしょうか。 東井先生の話はいつもそうだ、難しいことは何も言わない。ただ、子どもたちの声になっていない心の叫びに心を澄まして聞き入ることの大切さを語る。 子どもたちはみんな(大人だってやはりそうですが)こんな風にしみじみと、自分の心に触れてくる者を求めています。それなのに、私たちは忙しい忙しいと言って、心と心の触れ合い、命と命の出会いを粗末にしてしまってはいないでしょうか? -(4)に続く

教育者、東井義雄先生のお話 (2)

東井義雄先生の講演よりー子どもがわが家に帰ってくるとき、どんなことを考え、なにを期待しながら帰ってくるのでしょうか。ある農家の小学校2年生の女の子が書いた作文は、私たちに大切なことを教えてくれます。「今日もお母さんは畑だろうとおもいながら学校から帰ってくると、やっぱり大戸がしまっていました。私はつまらないなあと思って、大戸をよいしょと開けました。すると、びっくりしました。庭じゅうにいっぱいに何かかいてあります。よく見ると、消し炭でかいたお母さんの顔です。大きな顔のそばに『お帰り、やき山の畑にいるよ』と書いてありました。私は、消し炭でかいたお母さんが待っていてくれたので、さみしくありませんでした。私はかばんを下ろして、消し炭を一個もってきました。そしてお母さんの顔のそばに、小さい私をかきました。リボンをつけた私にしました。そしてお母さんの方に手をのばして、肩たたきをしているところにしました。『おかあちゃん、かた、たたいてあげるよ』とかきました。反対側には『あしたも、まっていてね』とかきました。すっかり、かきあがったので、手を洗っておやつを食べてから、お母さんの顔のそばで、夕方まで、一本踏みをして遊びました」 何という素晴らしいお母さんでしょうか、子どもがどんな気持ちで帰ってくるか、ちゃんと解かってくださっているのです。そして声まで残していてくださっています。ー(3)に続く

教育者、東井義雄(とおいよしお)先生のお話 (1)

佼成出版社「人生二度なし 森信三の世界」より 森 信三先生は東井義雄氏を評して「いまや、どん底にまで落ち込んだともいうべき、わが国の教育界で根本から立ち上がるための光となり、力となるほとんど唯一の人かと思われます。東井先生は現在の教育界の国宝的存在です」と言われています。 東井義雄先生は明治45年4月9日、兵庫県出石郡但東町佐々木の浄土真宗本願寺派東光寺に生まれた。昭和7年姫路師範学校を卒業後、40年間、兵庫県下の小中学校に勤務し、昭和47年3月、養父郡八鹿小学校校長を最後に教職を退き、生家の東光寺住職の仕事に専念した。しかし、東井先生の教育を惜しむ声は強く、今度は教育を目指す学生たちの育成にあたることになり、兵庫教育大学大学院や姫路学院短期大学の講師を務めることになった。 平成3年4月18日、79才で逝去された。

1月25日親鸞聖人の生涯「無量の光」上、下巻(津本 陽著)を読みました。

昨年末に読んだ五木 寛之著「親鸞」と比べると、親鸞本人の宗教観が詳しく書てある。法然上人と別れて流罪の身となった北陸での暮らし、説教。ご赦免の沙汰以降の関東での20年間にわたる浄土真宗の布教の姿。63歳のころ京都に帰り、その後90歳で示寂するまでの著述、思索に専念した日日。親鸞聖人の教えは「煩悩に満ちた我々が、自力で六字名号を称えることにはげみ、阿弥陀如来に精進が認められ、浄土に往生するのではないということにある。 だからこそ、体の奥底からあふれるようによろこびと感謝の発露として弥陀を讃嘆し、六字名号を称えるのである。 弥陀をお頼りする、という言葉のもどかしいほどにたしかな事実は、弥陀の本願にふれてただ念仏するとき、この身このまま救われるということである」。親鸞が90年の生涯をかけて明らかにしたのはただこの一事であった。 津本 陽の「親鸞」のほうが私にはぴったり来ました。(故郷、島根県大田市大代町大家にある浄土真宗「浄土寺」住職原田光生氏は私の幼馴染です・・・。)

1月18日、第70回兵庫議員ネット「勉強会」を開催しました。

1、平成22年度「地方財政計画と地方への影響」報告者 井奥雅樹(元高砂市議) 2、「地方分権改革」報告者 藤尾 潔(加東市議) ※兵庫県議員ネットとは兵庫県在住の県議、市議、町議、住民有志約52名(現在)で構成。設立2000年11月12日。 設立呼びかけ文ー「兵庫県内の地方議会で、市民・住民と共に新しい地方政治のあり方を求めて日夜ご活躍しておられる議員の皆様に、ご案内いたします。地方分権時代を迎え、自治体の首長や職員のリーダーシップや意識改革が声高に叫ばれていますが、一番変わらなくてはならないのは議会と議員ではないでしょうか?形式主義と前例主義に陥った議会運営や、オール与党化による批判や行政チェックの低下など、議会の形骸化によって、議会自身の機能や役割が失われつつあります。 いまこそ住民の側に立った、新しい“市民まちづくり派議員”とも呼ぶべき新しいタイプの議員活動が待ち望まれています。 しかしながら各自治体の議会では、こうした数少ない議員は旧来型の議員の狭間に入り、一人ひとりが悩みながら孤軍奮闘しているのが現状です。 こうした壁を乗り越えるためにも、日頃の活動の悩みを打ち明けあって、新しい社会の流れに沿った議員活動や議会改革のヒントを探り、互いに勉強しあう中で元気をもらう「市民派議員ネットワーク」が必要だと思います。 このたび明石の地で、こうした議員の勉強会が開かれるのを機会に、兵庫県内の熱き思いの議員の皆様にお集まりいただき、ご相談したく存じます。お忙しいこととは思いますが、万障繰り合わせの上ご参加くださいますよう、ご案内申し上げます」 。 お陰さまでこの会も10年つづき、この度の勉強会(2010年1月18日)が70回の記念すべき例会となりました。関係者の皆さん、ご協力誠にありがとうございました。

1月16日、桜井茶臼山古墳出土の銅鏡現物を、橿原考古学研究所付属博物館で見てきました。

それにしても奈良県立橿原考古学研究所は大したものですね!1996年から日本の銅鏡の精密な計測を始め、700面以上のデータを敷蓄積していたのですから。今回発見された、紀年銘鏡(三角縁正始元年陳是作同向式神獣鏡)の14ミリの破片の「是」の一字から、群馬県蟹沢古墳出土の正始元年(西暦240年、卑弥呼が魏に送っ使者が帰ってきた年)の年号が入った三角縁神獣鏡と、同一であることを発見できたのも、地道な研究があったればこそです。展示場ではコンピュータの3D分析で、ピタリ文字が一致したところがカラーで見れます。今回出土した中であまり大きく報道されていませんが、日本の弥生時代から古墳時代のなかで最長のガラス製管玉(81,6ミリ)も発見されています。(これまでの最長は吉野ヶ里遺跡出土の68、1ミリでした)。しかもこのガラス製管玉には気泡がみあたりません、どうも中国から舶載されたガラス棒を日本で加工したものと考えられています。いずれにしても大発見です。これで日本の邪馬台国論争も、もっと盛りあがることでしょう。

2010年1月8日、桜井茶臼山古墳から国内最多の銅鏡81枚の副葬が確認された

2009年10月30日、私は、桜井茶臼山古墳再発掘調査(60年振り)現地説明会を見学してきました。大和政権初期の大王の墓の可能性がある古墳(3世紀末~4世紀初め)で、全長200メートル、全面に朱が塗られた竪穴式石室(木棺)が大変印象的でした。明石市で開催された「古代の明石」シリーズの勉強会、11月7日は奈良橿原考古学研究所総務企画課長の寺沢薫氏の講演でした。寺沢課長は「今回の茶臼山古墳再調査で大量の鏡の破片が発見された、いずれ大きく報道されるだろう」とお話されました。同研究所には日本各地で発掘された700面以上のデーターが蓄積されている。今回は群馬県蟹沢古墳出土の正始元年(240年)銘鏡の「正始元年陳是作」の是の部分が3D分析でピタリ一致した。是の字は「氏」と読み陳氏が作った鏡と言うことになります。240年は卑弥呼の使者が魏の国から帰国した年です。私は今回も1月8日の朝刊、朝日、読売、毎日、産経、神戸の各誌を買いあさり一生懸命記事の切抜きをしました。